ほむぴーTOPColumn>「ジョー・ストラマー死去!!」



 ジョー・ストラマー死去!!


音楽好きな人なら結構やると思いますが、CD屋にいくと、新譜が出ていなくても好きなアーティストのコーナーにはつい目がいってしまいます。
 先日TUTAYAに行ったときのこと。僕はThe Clashというバンドが好きで、この日もCDの置いてあるコーナーをチェックしました。すると…。「追悼!! ジョー・ストラマー」の文字が!!
 かなりショックでした。とはいえ、ほとんどの人は「誰?それ。」って感じでしょうね。
 ジョー・ストラマーとはThe Clashのヴォーカリストです。The Clashってのは70年代のパンクバンド。最近、「X-TRAIL」のCMで「I fought the law」が流れていて、個人的に感動しています。70年代のパンクって、SEX PISTOLSとか、名前くらいは聞いたことあるのではないでしょうか?…MACHINEGUNSじゃないよ。
 70年代の英国で始まったパンクムーブメント。PISTOLSがとにかく暴走することでぶち抜いた「パンク」の扉。そこから飛び出し、暴走するだけでは伝わらない「現実」をより切実に切り出したのがThe Clashです。
 70年代の現実って何?それは当時、英国にいまだ残っていた「階級制度」であり、人種差別であり、そこから生じる争いでした。
 「I fought the law」(実はThe Clashのオリジナルではなく、ソニー・カーティスが作った曲ですが)は直訳すれば「俺は法と戦った」という意味。このフレーズは曲中にも登場し、次のように続きます。「and the law won」
 The Clashは、ワーキングクラス(労働階級)や黒人達の中からから湧き上がる、権力や体制に対する怒りをストレートにぶつけ、当時のパンクムーブメントを一気に盛り上げました。
 そのため、The Clashは、ただ激しく大音量で演奏するだけのバンドでは収まらず、レゲエ等の黒人音楽まで取り入れながら、その音楽性を広げていきました。4作目のアルバム「サンディニスタ!」では「magnifisent seven」のように、ダンスミュージック的な表現まで登場するなど、貪欲に音楽性を拡大していきました。しかし、それは一方で、ストリートのパンクス達の「The Clashは落ち目だ」「奴らは日和った」といった見かたをも生み出しました。The Clashがアメリカでも成功を収めたことがさらに拍車をかけ、「体制になびいた」という見かたを強められてしまいます。
 「Punk is Atitude」…それがジョー・ストラマーの返事でした。パンクは決して音楽のスタイルや、ましてファッションのことを意味するのではない。そのスピリッツこそがパンクなのだ、と。
 PISTOLSがただ1枚のアルバムを残し早々に解散をしても、The Clashの歩みは止まりませんでした。ただひたすらに自分たちの音楽を追及する。常に反逆の精神を持ちつづける。「戦うパンクバンド」…やがてThe Clashはそう呼ばれるようになります。
 やがてパンクムーブメントが下火になるなか、ドラマーのトッパー、ギタリストのミックが次々とクビになるという、バンド事態の存続の危機がやってきます。
 ジョーとベーシストのポールだけになってしまったThe Clashは、それでもその歩みを止めることはありませんでした。そんな中で、マネージャーにそそのかされたとはいえ、新たに3人の若いメンバーを迎え入れ、アルバム「CUT THE CRAP」を発表することになります。…しかし、このアルバムはジョー自身が「人生最大の汚点」「なかったことにして欲しい」というありさま。このアルバムがThe Clashのラストアルバムになります。戦い続けたThe Clashは大往生すら遂げれずに、静かにシーンを去ることになります。
 確かに、演奏はあまりにも…らしくないというか…がっかりなものです。いろんな評論を読んでも、かなりの酷評、トッパーやミックがいればなぁ、といった感じ。基本的に否定モード。しかし、ジョーのヴォーカルは健在じゃないか、という意見もチラホラ。僕もそう思った。トッパーの爆発しそうなドラミングも、ミックの燃えるようなギターもなく、ポールのベースの音も残念ながらかたくてぎこちない。でも、ジョーの血のたぎるような歌声は、とにかく熱く響いている。まさに「Punk is Atitude」!!パンクっぽい演奏とか、パンクっぽい曲とかじゃなくて、ジョーがパンクロッカーであることが一番大事だってことが体現されているんではないでしょうか。そういった意味で、「CUT THE CRAP」は、最後まで戦い続けた証のような気がする。
 それが僕の中のジョー・ストラマー。
 ジョーは初めて受けたインタビューでこう言い放っている。「言っとくけど俺は中産階級の出身だからな。」と。さらに「俺の親父は外交官だ。」とまで公言している。ワーキングクラスの味方、弱者の味方のはずのパンクロッカーにとっては、あり得ない発言といえる。
 しかし、そのことについて後にこう語っている。「親父はね、外交官といっても金持ちのお坊ちゃんが何の苦労もなしにパブリック・スクールからオックスフォード大へというエリートコースを辿り、トコロテン式に出世していったのとはわけが違うんだ。親父は子供の頃インドで孤児になってさ、鉄道員の養子として育ったんだよ。だからもちろん貧乏だったし、ガキの頃から苦学して外交官にまで昇りつめた言わば叩き上げなんだ。」そして、「にもかかわらず、社会主義に目覚めた思春期のころの俺には、欲しくもないお荷物みたいな気がして何かと反発してものだった。でもあの葛藤を通過して行き着いたのが、世間でいう階級システムのうさん臭さというか、体制側と反体制側の関係の曖昧さでもあったんだよね。」と。
 ワーキングクラスの怒りといっても、努力する気もないのにパンクムーブメントの時勢にのって上層の階級を批判する”エセ”パンクスとは違う。自分の持つ現実から問題点を見つけ出し、それを解決するために必要なことを力強く訴える。それがジョー・ストラマー、そしてThe Clashというパンクバンドなのです。
 ジョー・ストラマー、享年50歳。今は70年代とは時勢、社会のあり様も変わり、当時の現実を映していたThe Clashの楽曲自体は「過去」のものとなりました。しかし、彼らの「Atitude」は色あせはしません。
―最後に、The Clashのライブアルバムにファンが寄せたコメントより―
 一曲目が終わった後、空のウィスキーボトルがジョーの足元で割れた。彼は笑ってこう言った。「これぐらいのことしかできないのか?」すぐに何百ものボトルがステージに雨のように投げ込まれた。びっくりしたことに、バンドはそれでも演奏を止めなかった。

 書いた人:しゃか
 出没場所:はずかしいところ
 コメント:はずかしくなんかないさ
 


ページの一番上に戻る